オプション売りで毎月第2金曜日をオプション給料日にする戦略の末路

オプションの売りは、勝率が高くコツコツ毎月安定した利益を出せる戦略に思えるでしょう。

しかし、投資において勝率が高くコツコツ利益を出せるということは、逆に負けるときにはもの凄い損失額を被るリスクがあり、期待値はどちらも同じになるはずです。

もしオプションを買う人と売る人の期待値が変わっていれば、どちらかに優位性があるということの現れですが、実際にはどちらも優劣がつかられない価格に収れんするはずだからです。

この記事ではオプションの売りでコツコツ利益を出そうとしてショートストラングルを組んだ人が世界経済の〇〇ショックでどのくらい損失が出る可能性があったかを整理しました。

主な出来事損失額
東日本大震災688万円の損失
リーマンショック1,023万円の損失
バーナンキショック611万円の損失
チャイナショック922万円の損失
VIXショック223万円の損失
コロナショック1,991万円の損失
主な出来事と損失額の一覧表

このような損失を被る可能性があり、自分の主観的な距離感に基づく安易な大外の売りは厳に慎むべきです。

オプション取引の負の部分と思われるかもしれませんが、この記事を読むことでオプションの誤った使い方をする人が少しでも減れば幸いです。

はじめに

オプションには、株やFX、先物取引とは異なり、上はここから、下はここまでの範囲内に収まれば利益になる、という幅を予想する戦略があります。

オプションには、株などの、どっちの方向にどこまで行くかという、「方向」と「動いた距離」によって損益が決まるメカニズムとは異なる、「ここまでは来ないだろう」という予想を利益にかえることのできるメカニズムがあるのです。

到達するとは思えない、はるか遠くのオプションを売ることでプレミアムを得て、満期において日経平均は確かにそこまで到達せず受け取ったそのプレミアムが利益となる(満期=第2金曜日=利益の確定日=給料日⁈)という戦略があります。

本稿では、オプションに出会った方の多くが興味をもつ、このはるか遠くのオプションを売って、毎月第2金曜日が給料日⁈という戦略の怖さについて、過去の事例をもとにどれぐらい怖いのかを見ていきたいと思います。

安易な売りは厳に慎むべきという話です。

コールオプションの仕組み

【図表1】コールオプションのそもそもの仕組み

オプションは先物同様、将来の株式の売買予約です。

ですので、オプションの世界でも、登場人物は株を買う側と株を売る側の二者ということになります(そもそもオプションは株を売買するためのシステムです)。

ただ、先物と異なり、コールオプションにおいては、株を「買う」予約をした人が、その予約を破棄できます(先物では必ず約束の価格で株式の売買が行われます)。

すなわちコールオプションの制度ではコールオプションにより株を買う予約をした人は、株を買うことが有利な場合は買えばいいですし、不利な場合は、買わなくてもいいのです。

株の買い手が買うと言えば、相手方は売らないといけません。

コールオプションの制度では、株を「買う」予定の人がコールの権利者となり、株を売る予定の人がコールの義務者となります。

コールの権利者には一方的に買うか買わないかを決めてよい強力な権利が付与される一方、コールの義務者はコールの権利者が買うといったら売らなければなりませんので、著しく不利な立場に置かれることになります。

そこで、その義務に見合う権利金で調整することにしました。

この金銭をプレミアム(オプション価格)と言います。

コールの権利者は、買うか買わないかを決定する権利が与えられますが、その権利を得るためにはコールの相手方にプレミアムを支払う必要があります。

そのコールの相手方(義務者)はその義務負担に対する対価としてプレミアムを受け取れるわけです。

この点をとらえて、お金を出して権利を買うイメージでコールの権利者はコールを「買う」と表現し、株を買う権利(買いたくない時には放棄できるから権利ということ)だけを有することになるのです(先物の場合は買う権利であり、買う義務でもある)。

一方、コールの義務者はお金を受け取って権利を相手に付与するので、コールを「売る」と表現し、株を売る義務を負担します。

コールの権利者は、株を買う方が有利ならば権利を行使して株を買うことができます。

すなわち、株価が上昇し、株式の売買予約(コールオプション契約)の際に決めた価格(「権利行使価格」といいます)で、コールの売り手(義務者)から株を買った方が、市場で買うよりも安く買えるならば、権利を行使するでしょう。

権利を行使することで、現在の市場価格と約束の売買価格(権利行使価格)の差額分有利に株を取得できることになります。

一方、株価が下落し、約束の売買価格でコールの相手方から買うよりも、市場で買った方が安く買える状態であれば、権利を放棄することができます(支払ったプレミアムは返ってきません)。

【図表2】日経225オプションのような指数のコールオプションのSQ差金決済のイメージ

日経225のコールオプションは、満期には実際の株(日経平均採用の全銘柄)のやり取りはせず、満期現在の市場価格(特別な清算指数=SQ)と約束の価格(権利行使価格)の差額を金銭で清算する仕組みが採用されています。

すなわち、コールの世界では、満期市場価格(SQ)と権利行使価格を比べて、権利行使価格で買った方が安く買えて有利なとき(満期市場価格(SQ)>権利行使価格)、その差額を金銭で清算します。コールの権利者はその差額を義務者から受け取れます。

一方、満期市場価格(SQ)の方が約束の権利行使価格よりも安い場合は、権利行使価格で株を買うことには経済合理性がありませんので、この場合は権利が放棄され、金銭の受け渡しは発生しません。

コールの権利者は支払ったプレミアムをあきらめることになります。コールの義務者は受け取りプレミアムが確定的な利益となります。

コールにおいては、満期にSQが権利行使価格を超えなければ、金銭のやり取りは発生しません。

ところが、およそ直近の株価の変動の仕方からは到達しそうもない高い権利行使価格にも値段がついています。

万が一にかける人が買っているのかもしれません。統計的・確率的に到達する確率が相当低い権利行使価格を売れば、ほぼ確実に利益になるわけですから、これを売るのが人気となるのもわからないではありませんが、濡れ手に粟の投資などあるはずもありません。

プットオプションの仕組み

【図表3】プットオプションのそもそもの仕組み

コールオプションが、「株を買う側」が株を買うか買わないかの選択権を有する制度なのであるのに対し、プットオプションにおいては、株の売買の予約の当事者のうち「株を売る側」が売るか売らないかの選択権を有します。

すなわちプットオプションの制度では株を「売る」側は、株を売ることが有利な場合は売ればいいですし、不利な場合は売らなくてもいいのです。

プットオプションの制度では、株を「売る」側がプットの権利者ということになり、株を買う側はプットの義務者となります。

プットの権利者には一方的に株を売るか売らないかを決めていい強力な権利が付与される一方、プットの義務者はプットの権利者が売るといったら否応なく買わなければならず、著しく不利な立場に置かれることになりますのでプレミアム(金銭)を権利者が義務者に支払うことよってこれが調整されます。

プットの権利者は、売るか売らないかを決定する権利が与えられますが、その権利を得るためには相手方にプレミアムを支払う必要があるということです。

プットの義務者はその義務負担に対する対価としてプレミアムを受け取れるわけです。

この点をとらえて、お金を出して権利を買うイメージでプットの権利者になることを、プットを「買う」と表現し、株を売るか売らないかの選択権(売りたくない時には放棄できる=この点を持って「売る権利」とよばれる)を有することになるのです。

一方、プットの義務者はお金を受け取って選択権を相手に付与するので、プットを「売る」と表現し、権利者の権利行使があれば株を買わなければなりません。

プットの権利者は、株を売った方が有利ならば権利を行使して株を売ることになります。

すなわち、株価が下落し、株式の売買予約の際に決めた価格(権利行使価格)で義務者であるプットの売り手に株を売った方が、市場で売るよりも高く売れるならば、権利を行使します。

権利を行使することで、現在の市場価格と約束の売買価格(権利行使価格)の差額分有利に株を売却できることになります。

一方、株価が上昇し、約束の売買価格でプット義務者に売るよりも、市場で売った方が高く売れる状態であれば、権利を放棄することができます(支払ったプレミアムは返ってきません)。

【図表4】日経225オプションのような指数のプットオプションのSQ差金決済のイメージ

日経225のプットオプションは、満期に、実際に日経平均採用全銘柄のやり取りはせず、満期現在の市場価格(特別な清算指数=SQ)と約束の価格(権利行使価格)の差額を清算する仕組みが採用されています(上記図表4)。

すなわち、プットの世界では、満期市場価格と権利行使価格を比べて、権利行使価格で売った方が高く売れて有利なとき(満期価格<権利行使価格)その差額を金銭で清算します。

プットの権利者はその差額を義務者から受け取れます。

一方、満期市場価格の方が約束の権利行使価格よりも高い場合は、権利行使価格で株を売るよりも市場で売った方が高く売れますので、この場合、権利は放棄され金銭の受け渡しは発生しません。

プットの権利者は支払ったプレミアムをあきらめることになります。

プットの義務者は受け取りプレミアムが確定的な利益となるわけです。

プットにおいては満期にSQが権利行使価格を割り込まなければ、金銭のやり取りは発生しません。

ところが、およそ直近の株価の変動の仕方からは到達しそうもない相当低い権利行使価格にも値段がついています。

権利行使価格を割り込む量が大きければ大きいほど、プットの買い手が手にする金銭は大きくなります。

株式投資をしている人が、その運用株式の下落の損失をプットから回収するニーズもあり、プットはそれなりに買い手がつきます。

現在値から相当遠い(低い)権利行使価格のオプションでも万が一の備えとして買い手がいるため、それなりにプレミアムがついています。そうはいうものの、コール同様、統計的・確率的には到達しないであろう相当遠い(低い)権利行使価格なのですから、通常であれば、その権利行使価格のプットオプションを売ればほぼ確実に利益になります。

よって果敢に売ってくる投資家も少なからずいるわけです。

到達しそうもない水準のコールとプットを両方売る=ショートストラングル

例えば、2021年5月14日、5月のSQ日第2金曜日、日経平均は28,000円前後でしたが、この時点で算出される到達範囲を考えて売るべき権利行使価格を決めてみましょう。

日経平均が10,000円~20,000円の時代を長く過ごしていると、この水準での経験を積み重ねていますので、1,000~2,000円といった距離は絶対的な感覚としては結構遠いという肌感があります。

しかし、日経平均が30,000円の時代では、同様の10%の変動でも3,000円の変動ということになりますので、昔の感覚で、絶対的な金額である1,000円や2,000円なんて動かないはずだ、という感覚でそこまで行くか行かないかを考える、すなわち絶対的金額ベースでしかも感覚的に到達点を考えるのは危険です。

そこで、ここでは到達確率を示すとデルタ(⊿)という指標をみて売るオプションの権利行使価格を決めてみましょう。

デルタ(⊿)は原資産の変動によるオプション価格の変化量を示すものですが、計算式の定義上、「インザマネーで満期を迎える確率」とみることもできます(佐藤茂「実務家のためのオプション取引入門」184頁)。

つまり、計算上は、デルタがその権利行使価格への到達確率を示しているという解釈が可能だということです。

【図表5】2021年5月14日のオプション価格表(到達確率5%前後=⊿±0.05前後)

この解釈に基づいて、デルタが5%以下の⊿=0.045のコール(C30500)と、⊿=-0.048のプット(P24000)を売ることを考えてみることにします。

デルタが5%以下の⊿=0.045のコール(C30500)はインザマネーになる確率が4.5%、言い方を変えれば、インザマネーにならない(その権利行使価格に到達しない)確率が95%以上もあるということですから、確率的にはこれを売れば95%以上の確率で勝てることになります。

同様に、下も⊿=-0.048のプット(P24000)は到達しない確率が95%以上あるということですから、これを売ればその時点の確率として95%以上の確率で到達しない、つまりその権利行使価格のプットオプションを売っていれば、95%以上の確率で利益になる可能性があるというポジションということになります。

上下をまとめれば、90%以上という相当高い確率で上は2,500円、下は4,000円の範囲内、実に6,500円もの幅に収まると可能性があるという解釈です。

1セット1枚ずつで80円(1,000倍の80,000円)のプレミアムを受け取れますが、毎月第3金曜日をオプション給料日とするべく、それぞれ4枚ずつ売れば、320,000円の利益になる可能性があります。

【図表6】ショートストラングルの例(C30500売り+P24000売り)と満期損益図

しかもこれは自分の感覚ではなく、一応ギリシャ文字であるデルタ(統計的到達確率)の解釈として売る権利行使価格を決定しているのですから、科学的なトレードをしているような錯覚に陥るわけです。

しかも、この判断は過去の値動きや、インプライドボラティリティ(IV)から推測できる、向こう1ヶ月の日経平均の上下いくらからいくらの間に着地するであろうというざっくりとした素朴で直観的な相場観にもそうものであり、事実、勝率も高いため、聖杯のように感じてしまう方も少なからずでてきます。

確かに組成時はオプションのリスクが顕在化しておらず、また、相場が凪であればそのままオプションのリスクを感じることなく着地する場合も多いわけですが、これをもってシンプルで、簡単で、確実な聖杯トレード手法であると勘違いされる方が多いのは実は、非常に怖いことです。

実は、そもそも、前提としている到達確率自体、相場が完全に統計で把握できるものでない以上完全だとは言えないですし、ひとたび相場が動いてオプションリスクが立ち上がってくると、枚数によっては、とてもではありませんが素人の個人投資家には手に負えない状態になる可能性のあるポジションなのです。

後掲の【図表7】にあるように、本来満期であれば利益となる水準にあっても、まだ満期まで日数が残っていれば大きな損失となっています。

ここで日経225miniや日経225先物等を使ってヘッジしようにも、すでに大きく負けている状態からのスタートですし、そもそもそのようなスキルを身に着けずにこのようなポジションをとっていて、想定していない、やったこともないデルタヘッジがうまくいくはずもありません。

【図表7】C30500売り+P24000売り(ショートストラングル)の期中3,000円程度の下落時の予想損益図

過去の〇〇ショックの事例と損失額

本当に、〇〇ショックというものは、忘れたころにやってきます。

また、はたして「必ず危険は察知できる、ショックから逃げ切れる」、「ルールをしっかり作り、ルールを厳格に守ることができる」、「ルールに従ってちゃんと損切りできる」のでしょうか。

過去のいくつかのショックをみて、実際どうだったのかを見ていきましょう。

CASE1. 東日本大震災 2011年3月の事例

【図表8】 チャートでみる東日本大震災前後の日経平均とショートストラングルで利益になる水準の幅

2011年3月11日、日経平均は約10,250円の水準にありました。

あてにならない相場「勘」は危険なので、上述のように権利行使価格の選択の仕方の一つのやり方として、ここでも統計的金融工学的な観点から、到達確率という意味でのデルタ(⊿)が0.05前後、すなわち到達しない確率が95%前後のところのコールとプットを売り、世の中の平均的な月収水準である30万円程度受け取れる枚数を売ることにしましょう。

ということで、上はコール11,000円(C11000)を12円で12枚、下はプット8,750円(P8750)を13円で12枚売りますと、どちらにも到達しない計算上の確率90%、受け取り30万円というポジションが出来上がります。

【図表9】東日本大震災時のショートストラングルの例C11000+P8750と満期損益図

当日から震災の様子が報道されていましたので、月曜日には閉じるという心づもりでいたとしても、14日のスタート時点(始値10,044円)では、まだまだ売っているプットの権利行使価格までは余裕がありました。

しばらく様子見していたところ、原子力発電所の爆発の影響で、一気に10,000円を割る展開(終値9,460円)。

もっとも、この時点では売っているP8750の8,750円という水準にはもう少し余裕がありました。

しかし、損失はすでに希望するリターンの6倍です。本来であればここで損切りすべきでした。しかも証拠金次第ではここで追証の可能性もありました。しかし、行動経済学が明かしていますが、ここで損切りできない方も少なからずいらしたことと思われます。

【図表10】C11000+P8750(ショートストラングル)期中損益の出方

3月14日(月)時点でも、今回のポジションで得たいと思っていた利益の半年分を吐き出しています。

これまでの蓄積がなければ、今後、この損失を同様の戦略で取り返すのは精神的にほとんど不可能です。

「戻るかもしれない」、根拠のない期待がさらに判断を誤らせます。

翌日、希望している「月給」の約2年分を吐き出すことになります。

最終的な結果としては、期待通り第2金曜日は30万円のオプション給料日だったわけですが、残念ながらそこまでポジションを維持できていない可能性が高いのです。

しかも、2年分を吐き出しています。いわゆるコツコツドカン型。

一般に、成功体験により少しずつポジションがどんどん大きくなっていきます。

この数年間比較的成功していた方は、その成功のためにポジションサイズが大きくなってしまっていて、結局この暴落で、おそらくはこれまでの利益はすべて吐き出してしまったのではないでしょうか。

【図表11】東日本大震災時のポジション(C11000+P8750ショートストラングル)満期損益

CASE2. リーマンショック 2008年9月の事例

少し時が戻りますが、やはり見ないわけにはいきません。リーマンショックです。

2007年のサブプライムショックの痛みも冷めやらぬまま、相場は下値を探る展開に。

2008年7月~8月と底を打ったと思ったものの9月に再度下げ。

多少はまだ下げるだろうが、いい加減もうそろそろ止まるだろうと自分に言い聞かせながら、到達確率としてのデルタ(⊿)を根拠に、自分の相場観としても絶対に行かないであろう水準を売ります。

昨年からの高いボラのおかげで、相当遠いオプションでもほどほどのプレミアムがもらえます。

【図表12】チャートでみるリーマンショック前の日経平均とショートストラングルで利益になる水準の幅

2008年9月SQ通過、日経平均は約12,200円の水準にありました。

もちろんあてにならない自分の勘だけでは危険なので、先ほど同様、ここでもデルタを到達確率とみて銘柄を選びたいと思います。

到達確率5%以下の銘柄を選択しましょう。

【図表13】リーマンショック時のショートストラングルの例C13750+P10250と満期損益図

当時10%を超える1,500円ほど上のC13750のデルタ(⊿)は0.03ですから、到達確率は3%、到達しない確率は97%ということになります。

下は、17%近く下のP10250を売ります。

デルタ(⊿)-0.039ですから、到達しない確率は96.1%です。

給料日にふさわしく(30万円程度の受け取りになるように)このショートストラングルを10セットほど売ってみることにします。

【図表14】リーマンショック時のショートストラングル例C13750+P10250の損益推移(前半)

一時期は3.5ヶ月分が吹き飛びそうな勢いでしたが(9月18日時点)、権利行使価格までは相当程度の距離がありましたので(日経225mini=11,410から1,000円以上も下)、なんとか耐えていたところ、9月25日までにもとに戻ってきました。

損益も改善しています。さて、後半は、どうなったのでしょうか。

【図表15】リーマンショックと日経平均

【図表16】リーマンショック時のショートストラングル例C13750+P10250の損益推移(後半)

なかなか損益が改善しない日々が続いていました。

そして、満期が週末にせまった10月6日月曜日、先週末から5%近い下げに見舞われました。

一気に、希望するリターンの5ヶ月分を超える損失が出てしまっています。ここで機械的に切るか、前半もそうだったように耐えれば戻るかも。

まだ、売っている権利行使価格まで200円あるし・・・。

そして10月8日一気に1,100万円を超える含み損。さすがに証拠金不足に陥った方も多かったことでしょう。

仮に、資金調達して証拠金を補給でき、なんとかがまんできたとしても、最終的には2,200万円を超える損失です。

希望していた月給30万円の70ヶ月分を超える損失でした。この後、この戦略を続けてこの損失を取り戻すことは精神的にほとんど不可能に思います。

CASE3. バーナンキショック(テーパータントラム)2013年5月の事例

【図表17】バーナンキショックといわれる2013年5月23日に始まった暴落の様子

先ほどのリーマンショックからの立ち直りの過程で、FRBバーナンキ議長が量的緩和の縮小を示唆した場面での大きな下落です。

2021年5月現在も似たような状況で、相場はインフレ懸念や長期金利の上昇懸念と量的緩和縮小の動きにバーナンキショックの再来が懸念され、一喜一憂する神経質な動きとなっていますが、果たして当時はどうだったのでしょうか。

当時、日経平均はアベノミクス相場で、株価は回復、右肩上がりの展開でした。もっともIVは高止まりしており高値警戒感は出ていました。

【図表18】バーナンキショック前後の日経VIの状況

検証用のポジションとして、先と同様にデルタ(⊿)を到達確率と考えて、到達確率5%以下のコールとプットを売るポジションを考えます。

そして受取金額が30万円程度になるよう枚数を調整します。

2013年5月20日(月)日経平均終値15,361円のとき、C17250がデルタ(⊿)0.041、P13250のデルタ(⊿)は-0.039と、いずれも到達確率は5%を切りますので、これらを売ることにしましょう。

C17250が16円、P13250は22円でしたので、それぞれ8枚ほど売れば月給30万円です。

【図表19】バーナンキショック時のショートストラングルの例C17250+P13250と満期損益図

さて、FRBバーナンキ議長の量的緩和縮小を示唆する発言をうけての2013年5月23日、朝方から日経平均は上昇し16,000円に手が届きそうなところまできましたが、当時はちょっとの火種で大爆発する可能性があったようです。

午前の中国製造業購買担当者景気指数(PMI)の悪化が火種となり、日経平均は下落に転じました。後場には日経225先物市場においてサーキットブレーカーも発動するなど、一気に1,000円以上もの急落となりました。

16,000円を目前に結局2013年6月14日のSQは12,688円、5月23日のザラ場につけた目先の高値15942.60円から3,255円もの下落、率にして20%を超える下落となりました。

はたしてこの戦略はどのタイミングで撤退すればよかったのでしょうか。

5月23日の終値の時点で予定利益である30万円の5倍近い損失が出ているわけですが、ここで機械的に損切りできたかは疑問です。

まだP13250は1,000円以上も離れています。我慢しておけば、満額の利益になる地点にいるときに損切りするのはなかなか難しい判断でしょう(このような意味で当戦略はそもそも心理的にも難しいのです)。

この後、含み損益は一進一退を繰り返し、なんとかなるという期待をもたせながらも、6月に入ったところでその期待は無残に裏切られます。

すぐにP13250の権利行使価格ラインに到達し、あえなくインザマネーとなってしまいます。

資金をかき集めてポジションを維持できたとしても、最終的には、435万円以上の損失、月の想定利益の14.5ヶ月分の損失になってしまいました。

【図表20】バーナンキショック時のショートストラングル例C17250+P13250の損益推移(前半)

【図表21】バーナンキショック時のショートストラングル例C17250+P13250の損益推移(後半)

CASE4. チャイナショック 2015年8月の事例

【図表22】チャイナショックとよばれる中国発の世界同時株安時の日経平均のチャート

2015年6月には上海総合指数が大暴落、その2ヶ月後、8月11日には中国人民銀行による中国人民元の対米ドル基準値の大幅引き下げによる中国人民元の急落により、再度8月18日に上海総合指数が大暴落しました。

6月の時は日経平均や世界株式市場へはそれほどの影響はありませんでしたが、8月の上海総合指数の大暴落は世界同時株安へとつながっていきました。

これまでと同様に、デルタ(⊿)が絶対値で0.05を割っているものを受取総額30万円程度になるように組んでいたとして見てみましょう。

上はC21875、下はP18500をそれぞれ8枚ずつ売れば実現します。日経平均の着地地点を3,375円の幅であてに行くイメージですから相当勝率も高そうです。

【図表23】チャイナショック時のショートストラングルの例C21875+P18500と満期損益図

さて、含み益から一転含み損に転換した8月20日の時点では日経平均はまだ1,500円上でしたから絶対的価格ベースでみてしまうと、まだ大丈夫と思ってしまうかもしれません。

しかし、翌日には期待する30万円の3倍もの90万円を超える含み損に膨らんでいます。

この時点でまだ1,000円の距離がありますが、果たしてこのタイミングで損切りできますか?ちなみに、このときP13250の到達確率を示すデルタ(⊿)の絶対値は0.2を超えてきていました。

このデルタ(⊿)を基準に管理するというのも手です。

【図表24】チャイナショック時のショートストラングル例C21875+P18500の損益推移

CASE5. VIXショック 2018年2月の事例

2018年2月5日のニューヨークダウは取引時間中に1,597ドル安、終値1175ドル安でした。

当時の下げ幅としては史上最大だったわけですが、これも絶対的金額でみれば過去最大になるだけで率としては-4.6%でした。

そうはいうものの、VIXが急騰し、VIXのインバース型ETNである2049は逆に大暴落、一気に早期償還されることとなりました(上場廃止)。

【図表25】VIXショック時のVIX指数の変動の様子

【図表26】VIXショックで早期償還となってしまった2049(VIXインバース)の大暴落の様子

【図表27】VIXショックとよばれるVIX大暴騰に巻き込まれた日経平均のチャート

年初から調子のよい相場が続いており(いわゆる適温相場)、VIXや日経平均VIも過去の水準からみても低位にありました。

このようなときは、感覚的な金額ベースで遠くの距離を売ろうとすると、オプション価格も安く受け取りが少なくなりますので、どうしても近くを売るか、枚数を増やしがちになってしまいます。

ここではあくまでも到達確率で考えるという姿勢を貫きましょう。

2018年1月12日、現在の日経平均は23650円付近、到達確率が5%を下回るのは、下は1,900円ほど離れたP21750、上は1,550円離れたC25250ですので、これらを売ります。

30万円相当の受け取りとするためにそれぞれ8枚ほど売ります。

【図表28】VIXショック時のショートストラングルの例C25250+P21750と満期損益図

【図表29】VIXショック時のショートストラングル例C25250+P21750の損益推移

それまでは相場も穏やかで、2月2日(金)まではポジション組成時点からわずか300円程度しか動いておらず、利益がしっかりと出ていました。

あと数日で給料日(満額)という矢先の出来事でした。

もちろん、「鯛の尾っぽと頭はくれてやれ」ということで、すでに目標の80%以上の利益はでていましたので、利食いしてもよかったのですが、そのタイミングは常に難しいものです。

利益確定は早く、損切りは遅くなってしまいがち。案の定、粘っていたところにVIXショックに襲われることに。

大引けでみると、一夜にして360万円の含み損です。

ギャップダウンで始まりましたので、逃げ遅れることになった可能性があります。

もちろんここまでの損失になる前に、途中で逃げることはできたと思いますが、逃げられないようなギャップダウンもあることを肝に銘じなければなりません。

この時点では、まだぎりぎり権利行使価格付近でしたので、プットの権利行使価格の上に着地してくれる期待から、何とか証拠金を工面してポジションを維持できたとしても、その後はあえなくインザマネーとなり、400万円を超える損失となってしまいます。

順調に利益がしっかりと出ていたにもかかわらず、あと少しで満期というタイミングで一気に損失となってしまった事例でした。

CASE6. コロナショック 2020年3月の事例

未知のコロナウイルスによる肺炎に関する報道はありましたが、どこかよそ吹く風といった感じで、相場は高値を追う展開です。

新型コロナウイルスの脅威にまだ反応していなかった2月のSQに次のSQに向けたポジションを組んでいたらどうなったのでしょうか。

これまで同様に、デルタ(⊿)を到達確率と解釈して、これが5%を割る程度の銘柄を売ることを考えます。

日経平均は23,600円付近、上は、1,400円離れたC25000がデルタ(⊿)0.046、下は2,400円程度離れたP21250が‐0.049です。

満期にこの上下3,750円の範囲内に日経平均が入っていれば勝ちです。

計算上勝率は90%以上ということになっています。

月給30万円相当ということで、それぞれ7枚ほど売ることにしましょう。

【図表30】コロナショックで大暴落した日経平均のチャート

【図表31】コロナショック時のショートストラングルの例C25000+P21250と満期損益図

スタート1週間こそよかったものの、日本市場が休場だった2月24日、米国市場は新型コロナウイルスに対して身構えはじめ、リスクオフの動きとなり、先のVIXショックの2018年2月以来の1,000ドル超の下げに見舞われました。

不穏な動きは、VIX先物にも表れています。

このVIX先物は、満期までの期間により値が異なるわけですが、期近が高いときは注意が必要だとされています。

すなわち、相場が不穏なときはVIX先物の満期の近いものが良く反応する傾向にあるのです。

実際、数日前と比較して、期近の値が大きく跳ね上がっていることが見て取れるかと思います。

この2月24日のVIXの状況のもとでは、戻ってきた2月25日には損が確定することは覚悟のうえでポジションを解消するべきでした。

【図表32】相場の危険度を察知できる可能性のある指標(VIX期間構造の変化)

しかし、それに気づかなければ(そのような撤退ルールも持たなければ)、まだ権利行使価格に1,400円は離れていますので、日経平均が10,000円程度だった低迷期を長く過ごした経験からはこの1,400円という距離が絶対的金額としては遠い気がしてしまいます。

しかし、今や日経平均は20,000円を超える水準です。絶対的金額でしかも勘で、到達可能性を判断することは危険です。

とはいえ、デルタ(⊿)=到達確率で90%の確率で収まる範囲を想定してみても、果たしてうまくいくのでしょうか。

数々のショックを見てきた今となっては、それしかよりどころはないけれど、しかし確率・統計が意味をなさない場合もあることを体感していることと思います。

【図表33】コロナショック時のショートストラングル例C25000+P21250の損益推移(前半)

【図表34】コロナショック時のショートストラングル例C25000+P21250の損益推移(後半)

確実に2月25日に撤退するべきでした。VIXの姿もそれを示しています。

勘に頼らない撤退のルールをしっかりともっていればこのコロナショックの事例は傷の浅いうちに撤退できた可能性があります。

しかし、満期損益や権利行使価格との距離で考える場合、その後の展開が主観的になりがちであり、しかも、仮に相場がその場所にとどまっていたならば確実に利益になるはずの場所に居ながらにして損切りをしなければならないというジレンマのもとでの判断になるのですから、これは難しい判断になるわけです。

2月28日になって、初めて終値ベースで売っているプットの権利行使価格(P21250)を割り込みました。

ここで撤退できるでしょうか。

証拠金を差し入れられずに強制的に撤退となるのは別として自分の意志で希望する月給30万円の13ヶ月分を超える500万円近い損失を受け入れる判断をしなければなりません。

ずるずると引っ張っていた場合(引っ張れるだけの資金があればの話ですが)、最終的には3,000万円近い損失となっています。

狙っていた月給30万円の100ヶ月分の損失です。

まとめ

今回は、極端な事例であるいわゆる「○○ショック」とよばれる事例で大外のショートストラングルを手掛けていたら?というテーマで結果を見てきました。

このようなバックテスト(ストレステスト)でも、自分が実際に相場をはっていたとしたらどういう気持ちだっただろうか、どういうルールならば実現可能だっただろうかという視点もあわせて検討することが大切だと思います。

今回は、到達確率としてのデルタ(⊿)を利用して、到達確率が5%以下になるように、売る権利行使価格を「デルタ(⊿)の絶対値<0.05」のポジションとする、というルールで権利行使価格を決めましたが、そうであれば、相場が変動した場合にも常に、「到達確率=デルタ(⊿)の絶対値<0.05」を維持するようにふるまうというのが論理的です。

すなわち、ここまで来るはずがないという主観的な判断ではなく、不断に到達確率としてのデルタ(⊿)を観察し、例えばデルタ(⊿)の絶対値が0.1を超えたら、0.05に逃がす、あるいは、デルタ(⊿)の絶対値が0.025を割ったら、反対売買して再度もう少し内側にはなりますが、0.05の銘柄を売りなおすといったような早め早めのポジション調整をするといったように、客観的で厳格なポジション管理が求められるのです。

オプション取引においては、自分の主観的な距離感に基づく安易な大外の売りは厳に慎むべきです。

また、勝っているときにこそ、そのリターンがどのようなリスクによりもたらされているのかを客観的に分析することを忘れてはならないと思います。